傷だらけ父さんのHappy Life Journey -マルファン症候群と共に生きる-

難病(マルファン症候群)をもち、これまで多くの手術を経験。そんな傷だらけ父さんの闘病記とハッピーな人生を追い求め挑戦する姿を紹介します。同じような境遇にある人、支える人達の不安を和らげ、諦めない気持ちへのエールになれば幸いです

大動脈解離 B型 ⑭退院~3カ月後の記録(胸腹部大動脈置換)

コロナによる緊急事態宣言のなか退院、そしてブログスタート

人生3回目となる大動脈手術から19日間の入院期間を経て、新型コロナ感染拡大で緊急事態宣言が出ている中、4月18日に無事退院することができた。(3回目の大動脈の手術:胸腹部大動脈手術後のICU、入院の記録は→コチラ)

今回の胸腹部大動脈の手術は、1回目、2回目とは比較にならない長さを切り開いた。今回は背中から下腹部にかけて50㎝近く切っている。退院して家に帰り、体中にある傷口の長さを計測してみた。今回の箇所を合わせて、少なく見積もっても累計130cm。人工心肺のための鼠径部やドレン跡など細かな傷跡も入れると150cm。傷跡を見て改めて「自分が経験してきしたことは中々ない事だろう。この経験が何かしら同じような病気を抱える人や、支えている家族の役に立てばいいな。そうだブログをはじめよう」。そう思い「傷だらけ父さん」のブログをスタートした(そして第1回の投稿に繋がる→コチラ)。

退院後の療養として、また(初めてのブログで色々苦労はあったけれど)ブログ作成のためにもコロナによるステイホームは十分な時間を与えてくれ、私にとってとても有難く、有意義なものになった。

自宅療養スタートの1週目

自宅療養開始から1週目にして、順調に自宅の環境に慣れることが出来た。2回目の胸部大動脈手術の時と比べれば、手術痕(傷口と肋骨)の痛みはそれほどではなく、ベッドの寝起きや、シャワー、自宅内の範囲で必要な活動は割と苦労なく自力ですることが出来た。ただし腹部の傷跡はいつまでも痛く、朝晩は痛み止めを服用して過ごしていた。

自宅療養2週目、3週目:ステイホームの恩恵

今まで経験した2回の大動脈手術の後は大学や仕事に復帰する前には、約1か月の自宅療養を取っていた。ただ今回は、転職してまだ4か月しか経ってないという事と、今までの経験から1か月も自宅療養する必要はないだろうという思いがあり会社には「退院から1週間の自宅療養の後に復帰することを考えている」と伝えていた。

一方で世の中は新型コロナの影響で緊急事態宣言が出され、小中学生の子供達はずっと家にカンヅメ。奥さんも仕事はほぼ休みになっていた。このステイホーム期間に我が家では自宅の畑に苗を植えたりして(当然外に遊びに行ければ良いのがだ)できる事を楽しんだ。私もブログをはじめたり、勉強したりして有意義に時間を使えていた。

「このステイホームもゆっくり時間が使えて悪くないな。もう少し続けたいかな。」そう思っていたところに、会社から復帰予定をゴールデンウイーク明けまで伸ばさないかと提案が来た。転職先はテレワークや時差出勤が浸透している会社ではなかったので、コロナ禍で色々と対応に苦慮していた。その中で、手術・入院明けの私の出勤はリスクが高く思えただろう。私としても痛み止めを服用しながら日々過ごしていて、もしコロナに罹った時のことを考えると恐ろしかった(回復していない体で肺炎症状になったら耐えられない)ので、この会社の配慮・決定は素直に嬉しかった。

体調は退院から3週間たっても大きくは変わらなかった。体重は一番スリムだっ大学生の時よりも軽く、筋肉と脂肪が落ち切っていた。痛み止めは飲んでいるものの、お腹に力が入らない。日中は痛さを感じるし、やる気、踏ん張りがでない。リハビリがてらスーパーへ自転車で買い物に行くだけでも疲れていた。今考えれば、療養期間を延ばして貰えてよかった。やっぱり手術後は1か月は療養期間が必要だと思った。

退院から1か月後: 在宅勤務スタイルでの仕事復帰

退院から4週間の自宅療養を経て、満を持して仕事復帰を果たした。けれども初日から少しつまずく。復帰初日に会社産業医との面談で「診断書には自宅療養が必要とは書いてあるが、復帰していいとは書いていないので私には判断できない。」と言われてしまった。さらに「復帰して良いと記載された診断書が確認できたらOKを出す」とも。復帰したその日、また再度病院に診断書発行をお願いに行った翌日は有給休暇扱いとなった。経営者の考え方や、諸々の仕組みが古い会社とは薄々気づいていたが、この時ばかりは幻滅した(愚痴っぽくなってすみません)

そんな診断書のゴタゴタしている間に、復帰はテレワーク(在宅勤務)でスタートすることになった。コロナ対策で政府から出るお達しに振り回されている感満載であったが、私にとって復帰直後から8時間フルで働くのは正直しんどかったので通勤のないの勤務スタイルは本当にありがたかった。

もともと前職で電話会議やフレックス勤務に慣れていたので、在宅勤務は違和感なく快適だったし、仕事をしながら療養できる最高の期間だった。「在宅でも出来る職を手にすること」というのは特に手術・入院がありえる我々難病持ちには益々必要なことになるだろうと改めて考えさせられた。

退院から2か月後: 出勤再開

私の仕事復帰のタイミングと同じくして、ゴールデンウィークあけから凡そ1か月半の間、私のみならず対応可能なすべての社員に在宅勤務の利用が許可・推奨されていたのだが、なぜか7月1日より原則出勤すること(在宅勤務は特別な申請が必要)という全社の方針転換が起こった。「コロナは広まってるし、在宅で問題ないのに何で?」とは正直思ったが、サラリーマンなのでそこはやむなし。退院から凡そ2か月後から会社への通勤とオフィスワークが再開した。

徒歩・電車の組み合わせで通勤しているのだが、予想外のことが起こる。出勤初日からどうも脚(膝裏)が痛い。その週末にはピコピコ歩きで駅まで歩いたりしていた。自宅療養と在宅勤務で体力・筋力が落ち切っていたのだ。休日にクールダウンして痛みはなくなったが、「歩かないこと」の影響を痛感した。

体調は大きくは変わらず。相変わらず傷口の痛みは気になり、朝(出勤前)の痛み止め服用を続けていた。

退院3か月後検診と問題発生

2020年7月21日、退院から3か月経ったところで3か月後検診を受けた。検査内容は血液検査、エコー、心電図、CT。左側のわき腹はザックり切っているので、筋肉に力を入れることはできないし、皮膚の表面はまだ軽いマヒ状態であった。とはいえ、経験からもこの傷跡に通常の感覚が戻るには2年くらいかかることは分かっている。そんな余裕の気持ちで受けた検診の中、CT検査で問題が見つかる。腹部のCT画像に置換した人工血管近くを卵型の大きな影が映っていた。ドクターが推察するに、この影は入院中に悩まされたリンパ漏の影響か、血液か、その他か。溜まっている液によっては、再度同じ手術をして人工血管を取り換えなければならないとのこと。早速、3日後には入院・検査をして処置を考えるとのことになった。出勤再開して若干3週間しかたっていないのに、あっという間に病院へ出戻りが決まってしまった。次回に続く。

ステイホーム期間の活用(夏野菜を植える娘)

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ステイホーム期間の恩恵(立派に育った夏野菜を収穫する息子)

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